智暁と弘一は揃って仲良く事務所の前の廊下に正座していた。
彼らの真後ろのドアの中では、一応最も上の立場にいるのがこの二人なのだが。
「なぁ……トモ」
弘一が口を開く。
「んー」
智暁が聞いているのか聞いていないのか分からない返事を返す。
「さすがに……やりすぎたのかもな」
「そーだねー」
智暁は天井を見上げて呟いた。それなりに新しい建物だが、もう隅のほうには汚れが目立つ。
弘一もそれに倣い、二人は天井を見上げたまま同時にため息をついた。
「まー、エーヤと直葉がなんとかしてくれるでしょ」
「エーヤは災難だな」
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「ああそれも捨てちゃって。どうせ誰も聞かないから」
「いやこれって結構珍しいから売れば……」
「売れない。エーヤがケースを割ってるでしょう?」
「そうだったっけ?」
「そうだったの」
影夜はため息をついて周囲を見回した。弧山SOLVER事務所。いつも見慣れているその様子。
だが今は、溢れんばかりのゴミがそこらじゅうに散乱していた。
「全く、何やったら一晩でこんなに散らかせるんですか!」
直葉が廊下の智暁たちに怒鳴る。
「えーと、新聞で」
「ゴミの中から一億出てきたって話があってな」
「もしかしたらと思って」
「一晩かけて町中のゴミを回収して漁ってたんだ」
「事務所に持ち込まないでください!」
「えー。だってー」
「路上でゴミを漁っているところを見つかったら面倒だろ」
「そもそもゴミを漁らない!!」
『はい……』
なおも直葉に叱られている二人を見て、影夜はまたため息をついた。
(しかも片付けさせるとゴミの中の面白そうなモン探して遊び始めるからな)
「ち、くそ……」
ゴミをわしづかみにしてゴミ袋の中に放り込む。
現在午前七時。ほかの所員はまだ出勤してきていない。事務所に住んでいる影夜だけがたたき起こされて手伝わされている。
と――
「ん?」
影夜は手を止めた。
ゴミの山の一角。うずたかく積みあがったゴミの下の方に、黒い布製のものが見える。
気になって近づいて見ると、どうもバッグのようだ。黒いバッグ。中に何か入っている。
(おいおいまさか)
思わず浮かんでしまいそうになる都合のいい考えを一笑し、影夜はとりあえずそのバッグを引っ張り出した。結構重い。
「直葉さん。」
未だに二人を叱っている直葉に近づく。
「大体、所長たちが真剣に取り組んでくれないからこの事務所はこんなに貧乏なんです。所長は有名人のクセにコネ使わないし! ゲームばっかりしてるし! 副所長は『この仕事、オレには合わない』とかカッコつけて結局やることはスクーター弄りですか!」
……聞こえていない。
「直葉ちょめ。」
「ちょめって何!?」
ものすごい勢いで振り向く直葉。
「少しタブー的な響きがこれまたないす」
「いや意味わからないわよ、エーヤ」
疲れたように呟く。
「実はゴミの山からこんなもんが」
影夜はそう言って手元のバッグを直葉に差し出した。
「何これ?」
「ゴミから出てきたんだ」
「マジかっ!?」
いきなりの大声。
弘一だった。
「おいおいトモ! マジ出ちゃったぜ? 一億だぜ? 金持ちだぜ?」
「ヒロ、お前なんでそう簡単に思うのかなー?」
「まぁ、ヒロさんだからな」
ため息混じりに、影夜。
「まー、そーだね」
納得する智暁。
「で、実際中身は何なんでしょうかね?」
「あぁ、開けてみて」
「はい」
言われて、直葉はバッグのファスナーを開けた。
「――!」
中身が覗いたところで凍りつく直葉。
めちゃくちゃ冷や汗をかいている。
「なんだったんだ」
硬直した直葉の後ろから、影夜がバッグの中身を覗き込むと、そこには膨大な量のエロ本があった。
「あー」
影夜はしまった、という風に天井を仰ぎ見る。
「なになに?」
「なんなんだ」
智暁と弘一も、中身を見る。
「あー」
「うわ」
二人も、影夜と似たようなリアクションをとる。
しかし、二人で目線を交わすと――
「じゃーエーヤ。あとよろしくー」
「一時間後には帰る」
一言ずつ残して、脱兎のように逃げ出した。
「うわ、ひど。」
影夜は逃げた二人に恨みを吐く。
「う」
直葉が立ち直る。
影夜はとりあえず耳をふさいだ。
そして――
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「なんで直葉ってああなんだろーねー?」
「ド真面目だからな」
「エーヤ大丈夫かな?」
「死にはしないだろ。」
智暁と弘一は、道路から未だ騒ぎの続く事務所を見上げながら、のんびりとタバコを吸っていた。
『痛っ! いたっ! 痛いって直葉さん! って、火はダメだろ! 待った!』
…………。
「事務所、大丈夫かなぁ?」
「エーヤが止めるだろ。」
「そーだね。……平和だなー」
「そうだな」
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