智暁はゆっくりと目を開けた。視界を埋めるのはいつも通りの事務所。いつもどおりの人影。さして興味を覚えるモノでもない。
 まどろみに耐えられず、智暁はまたゆっくりと目を閉じた。静けさを讃える闇が辺りを覆う。
「だから眠らないでください!」
 遥か遠くから声が聞こえてくる。彼を呼ぶ声。
「あぁー……」
 それに対して声を返す。その声は、返事と言うより口から空気が漏れただけのようだった。
「殴っていいですか?」
「あぁ……」
 ゴンッと頭を叩く音が響いた。
「痛っつ……」
「目は覚めましたか、所長」
「もう少し優しく起こしてくれない?」
 智暁の意見は、眼前に立つ女性――郡山 直葉――の冷ややかな視線で一蹴された。
「これ。」
 彼女は、手に持っていた書類を上司の机に叩きつけるように置いた。視線は相変わらず冷たい。
「見てください。」
「んー」
 頭をぽりぽりとかきながら、智暁は寝ぼけたままの目を書類に移した。
「見たけど」
「それで、なにか言うことは?」
「電気代の請求書。」
「ほかには?」
「んー、君の給料から払っていい?」
 その言葉で堪忍袋の緒が切れたのだろう、直葉はだんっと机を平手で叩きつけて叫んだ。
「ふざけないでください!そんなことされたら私の収入、ゼロどころかマイナスですよ!?」
「あはは、そんな馬鹿な」
 が、彼女の怒りはまだ智暁に届いていなかった。
「先月の1.2倍の請求になってるんです!これで十万の大台を超えました!」
「おお、そりゃめでたい」
「めでたくない!!」
 また机を叩く音が響く。
「仕事は来ない、おかげで収入も減る、その上支出はうなぎのぼりに増加して……事務所潰れちゃいますよ!」
「それは大変だなぁ。んじゃ所員の給料を減ら……」
「冗談じゃないです!」
 今度は握りこぶしで机を叩いた。いや、殴りつけた。
「ただでさえ少ないのにそれ以下になったら生きていけませんよ!」
「むぅ……ならばいっそヒロあたりに保険金かけて……」
「それで収入を増やすのもいいですが、それ以上に支出を減らすことを優先すべきです!」
(オレは殺されるのか!?)
 それとなく話を聞いていてビビる弘一。
「じゃ、何減らす?」
「とりあえず電気代の高騰原因である所長のゲーム時間を減らします!」
 直葉はびしっと、テレビの方向を指差した。正しくはテレビの下方。そこは様々なハードと様々なソフトで溢れた娯楽の極地だった。
 途端に、それまで平素を保っていた智暁の表情が焦りに変わる。
「えぇ!?却下却下!!」
「ダメです!もう決めましたから!」
「マジで!?オレ所長なのに!」
「ゲームは一日一時間!」
「嫌だああぁぁぁぁぁぁー!ドラクエまだ途中なのにぃぃぃー!」
 テレビへと走り寄り、ゲームを抱え込んで嘆き叫ぶ智暁。
 影夜はその様子を見ながら嘆息した。
「まるで子供だな」

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